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2011年1月14日 (金)

「物」と自分~引越で考えたこと

一昨日で引越からちょうど1ヶ月になりました。

部屋の中はおよそ一週間で片付け、普通の生活にわりあい早く戻りましたが

「物」の片付けというよりは、自分を見つめる機会になったように思います。

10年ぶりの引越しで最も頭を悩ませたのは、新居の収納の少なさでした。

以前のマンションは結構収納が充実していて、使いやすい部屋でした。

が、新居は、広さはほぼ同じなのに収納がとても少ないのです。

              

引越しで運び込まれたダンボールは、どうやって崩すのかと途方に暮れるほど

部屋びっしりにうず高く積まれました。

大きめのもの、置くべき場所が決まっているものをまず片付けて

ある程度ダンボールの山が崩れて床が見えてきたら、

ダンボールから物をすべて出して分類しました。

…以前は複数の場所に置いてあった物を、まずは一箇所にまとめる。

その上で、用途を考えて、複数の場所に置いたほうが効率的なものは例外として複数個所に分ける…等など。

おかげで今ならどんなに小さなものでも、何がこの家の中に置かれているのかわかります。

以前のマンションはオフィス街にあったので、

近所に生活必需品を販売する店がない不安から

洗剤やラップ類を、気づいたときに多めに買っていたストック品が意外に多く、

それが収納場所をとり、馬鹿にできないものだということもわかりました。

今は、引越しで余儀なくされた棚卸作業のおかげで

どこに何がいくつあるのか把握できているので、

後は適量のストックを意識して買い物をしようと思っています。

もちろん、あふれた物はストック品ばかりではありません。

10年前の引越しでも懲りたので、物は増やさないように気をつけていたつもりでしたが

塵も積もれば…の言葉通り、10年経つとそうもいかないことを思い知らされました。

それらの物は、買取業者へ販売したり、もらっていただける人へ送ったり、

思い切って廃棄処分もしました。

年末の大掃除のシーズンだったので、収納や処分に関する情報が多い時期でした。

片付けは「使えるかどうか」ではなく「使うかどうか」だという言葉にはっとさせられたりもしました。

でも、たぶん物とのつきあいは、その人によって異なり

物を通して生き方が現れるようにも思えます。

物には「使う」ことによって幸せを感じるものと

「所有」することによって幸せを感じるものがあり

程度の差こそあれ、自分はどうするのが幸せを感じるかなのだろうと思います。

私たちの親世代は物不足の時代に育ったせいか

物を捨てられない人が多く、母などはその典型です。

学生の頃、父と相談して、台所にある不要と思われるものを大量に捨てようとしたことがあったのですが、気づいた母に止められ、ずいぶん怒られたことがありました。

それ以来、人が管理しているものは捨ててはいけないと思い、手をつけないことにしています。

私は、母よりは合理的に生活していると思うのですが、それでも物の処分には痛みを感じます。

使うことがなくても、それを手にすると嬉しくなれるもの、

幸せな記憶があって現在の自分を励まし元気になれるものは、

大事に未来へ一緒にもって行きたいと思います。

ただ、快適な暮らしを維持するために、

今の自分はもう使うことがなく、元気になるパワーも失せた物については

感謝の気持ちと共に、手放すことを恐れずに暮らさなければと自戒しています。

引越しの片付け一つでも、物との関わり方、生き方について、考えさせられた貴重な経験でした。

おかげで、生活必需品のストック含め、しばらく買い物はあまりしなくてすみそうです…

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