Tomorrow
確定申告の季節、税務署では申告書の作成方法を指導する無料相談コーナーが設置され、地元の税理士会に所属する税理士が当番で相談員を務めます。
十数年前、私も当番の日には、一日に30人分くらいの申告書を、電卓をたたきながら手書きで作りました。
納税者が自分で書くように指導する、ということでしたが、年金と医療費控除だけの高齢者が、目が見えない、字を書くのも慣れない、とおっしゃるのを前に、自分で書くようにとは言えず、私は税務署の方の注意を無視してこっそり書いてあげていました。
ある日、相談コーナーの順番待ちでニコニコしながら様子を見ている五十代半ばくらいの男性がいました。
私の番に回ってきて何か相談をされたとは思うのですが、詳しいことはまったく覚えていません。
その数日後、その人から私の事務所に電話がありました。
「税務署で何人かの税理士を見て、偉ぶらないあなたが気に入った。経営相談にのってほしい…」
そんな調子のよい話にちょっと警戒する気持ちもありましたが、まずは事務所に来ていただき、話を詳しく伺いました。
「長い闘病生活の間、妻が公務員なので生活を支えてくれた。病気も治ったのでこれからは自分が起業家として頑張りたい。」
焼肉店を経営し、他にも店舗を増やそうと考えているので、事業計画を作る相談にのってほしいということと、経営上生じる問題について随時相談にのってほしいというのが趣旨でした。
ちょっと破天荒なところも見えたのですが、やる気満々で明るい人でした。
ただ、長い入院生活のせいか、色白で少し薬の香りがしたことを覚えています。
大丈夫かな?と不安も感じましたが、熱意に負けて、コンサル契約を交わしました。
“涙の数だけ強くなれるよ…”岡本真夜さんのヒットソング、Tomorrowを自分のテーマソングだと言っていました。
大好きなTomorrowを毎日聞いて元気を出していること、自分の経営する焼肉店のカラオケルームで大声で歌っているのだと、話していました。
今まで病気でできなかったけれど時間を取り戻すんだと意気込んでいましたが、傍目にはとても無茶に見えました。
2、3回ほど、当時の私には多めの顧問料をいただいた後、ぱったり連絡が途絶えました。
あんなに昼に夜に、時間にかかわらず電話をかけてきて、走り回っていた人が、ある日、急に消えてしまったのです。
何度かこちらからも連絡したと思いますが、連絡がとれなくなりました。
トラブルがあったわけではありませんが、追いかける必要もあまり感じなかったので、そのまま疎遠になりました。
ほんの短い仕事でしたが、その歌を聴くと、切実な願いで前へ進もうと駆けていたその人を思い出し、なんだか切なくなります。
自分の体と、思いとが、うまくバランスをとれなかったんじゃないのだろうか…
年齢とともに臆病になる自分に戸惑う今日この頃ですが、あのときのSさんの無謀ともいえる勇気を思うと、もう少し頑張れる気もします。
“自分をそのまま信じていてね
明日は来るよどんな時も”
…Tomorrowは今でも誰もへの応援歌だと、歌詞を読んで改めて思います。
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